大丈夫、辞めてもいいんだよ。看護師3年目で『辞めない』選択をした私が後悔したこと。

辞めたい看護師

みなさんこんにちは。看マジョ編集部のキタ ミドリです。
この記事は、仕事を辞めたい・・・と悩んでいる看護師3年目のあなたに向けたお話です。

あなたと同じように看護師3年目で辞めたい・・・と悩んだ経験をもつ、奈良県在住のエリコさん(34歳)の体験談をご紹介したいと思います。

エリコさんは、看護師3年目で『辞めた』のではなく『辞めない』選択をして、その後「なんでもっと早くに辞めなかったんだろう・・・」後悔されたそうです。

とても興味深い体験談ですので、ぜひ、参考になさってくださいね。


はじめまして、エリコです。34歳で、1児(小3)のママです。
今は看護師の資格を活かして企業で働いています。

私は自分の看護師人生を振り返った時、「仕事が嫌で仕方なかったのに、なんでもっと早く辞めなかったんだろう?看護師の仕事が自分に合っていなかったんだから、もっと早くに道を軌道修正したらよかった!」と後悔しています。

もしも10年前の自分にアドバイスできるなら『無理に続けなくていいんだよ!あなたにピッタリ合う仕事があるから!看護師以外にも、仕事はいくらでもあるんだよ!』と言ってあげたいです。

ここでは、当時の私と同じように仕事辞めたい・・・と悩んでいる看護師3年目の皆さんに、自分の体験談と、経験から学んだことをお伝えしたいと思います。

看護師1年目から辞めたくて辞めたくて仕方なかった

看護学校を卒業してすぐ、私は地元の中規模病院に就職し、外科・脳外科病棟に配属されました。

そもそも私が看護師になることを選んだのは、母親に強く勧められたからというのが理由でした。当時、特別な将来の夢も持っていなかったので、手に職をつけられたらいいかな〜という軽い気持ちで看護師の道を選びました。

病棟看護師として働き出したものの、仕事は全く好きになれませんでした。

まず、注射や採血が苦手でした。

手技そのものが苦手というより、失敗しちゃいけないという精神的プレッシャーで緊張しすぎてしまうんです。患者さんに穿刺部をジッと見つめられていたり、近くでご家族が見ていたりしたときなんかは、プレッシャーMAX!でしたね。

当然、失敗も多かったですし、たった一人の採血・点滴だけで疲労感が半端なかったです。それが7〜8人続くと、もうヘトヘト、、、

逆に、脳外科の意識のない患者さんで、誰からも見られていない時は精神的に落ち着いてできるので、失敗もほとんどありませんでした。まさに、“気持ち的な問題”だったんだろうと思います。

次に、移乗介助が嫌いでした。

もともと運動音痴で身体を動かすことが好きではないタイプなので、体力仕事が苦手だったんです。脳外科病棟では半身麻痺の患者さんも多かったので、ベッド⇨車椅子⇨トイレの移乗介助がめっちゃ多い!

自分もギリギリまで尿意を我慢して速歩きでトイレに向かっているのに、その途中で「すみません、トイレ(に行きたい)」と呼び止められる(´A`*)・゚。

本当はいけないことだと分かっていながら、心の中では「もう、、、!お願い!オムツにしてちょうだい!」と叫んでしまう。本当にダメな看護師でした。

さらに、ナースステーションという環境が嫌いでした。

自分が落ち着いて座れる場所がなく、詰所のどこにいても廊下から丸見え、人から声をかけられる。常にモニター音やナースコール、人の話し声が響いていて、いっときも心休まる時間がありません。

休憩時間だって、看護師同士で話をしながらご飯食べなきゃいけないのが嫌でしたし、長い日勤(8:30-22:00)の日には、自分の業務は終わったのに他のスタッフの仕事が終わるのをずっと待ってなきゃいけない暗黙ルールも大嫌いでした。

私は仕事が終わったらサッサと帰りたいのに、病棟⇨更衣室⇨駐車場までの帰り道をみんな揃って帰るんです、、、。きっと私、協調性がないタイプなんですね。笑

でも、これだけ読むと「職場の人間関係も悪かったんでしょう?」と思われるかもしれませんが、全然そんなことなかったんですよ。

先輩や上司で特別に嫌な人はいなかったですし、職場の人間関係はいいほうだったと思います。

私自身、人付き合いが好きではないので同僚たちとそれほど深入りすることはありませんでしたが、イジメや悪口を耳にすることはなく、みんなで協力し合って仕事をする雰囲気がありました。(だからみんな揃って帰っていたんだと思います)

しかも、緊急入院などがない限りは2時間以上の残業はなかったですし、お給料も県内では一番いいと噂されていました。(私がこの病院を選んだ理由も“お給料”でした。)

つまり、看護師が働くうえで一番肝心な『人間関係』『お給料』『残業』はどれも問題ない。
それなのに私は、看護師の仕事がイヤでイヤで仕方なかったんです・・・!

仕事が終わった瞬間は「やった〜!終わった!」って嬉しいのに、その後、更衣室で着替えているともう翌日の勤務のことを考えて「あと16時間後にはまたここに来なきゃいけないんだ、、、」って考えてブルーになる。

もう、うつ病の一歩手前まで来ていた気がします。

今考えれば、それは『私には看護師の仕事は合わない』っていう証拠だったんですよね。

5年働くことを目標に、何とか1年目、2年目を乗り越えた

こんな「看護師の仕事が大嫌い」な私でしたが、前述した通りそもそも看護師になりたくてなったわけではなく、看護学校時代から「将来は看護師以外の仕事に就きたい」という目標を持っていました。

ただ、自分の人生に“保険”をかけておきたい気持ちがあり「いざという時、看護師経験ゼロじゃ何の役にも立たない。5年だけ現場の経験を積もう。」と決心して病院に入職しました。


今考えたら、そもそもここから考え方が間違っていたと思います。最初から、自分が本気で好きなことを目指すべきだった!

自分の中で『5年』を目標にして、看護師1年目、2年目を必死になんとか乗り切り、そしてようやく3年目に入ったんです。


あっ、でも私、自分で言うのもなんですが、患者さんの話を傾聴することは好きで、話し方が穏やかな感じなので、患者さんやご家族からは「優しい看護師さん」とよく言われました。

そんな“ちょっとだけいいこと”がなければ2年間ももたなかったでしょうね。笑

看護師3年目に入ると、その日のリーダー業務も担当するようになりました。また、プリセプターに任命され、看護研究のチームにも無理やり参加させられることに、、、

ただ、先輩たちは、リーダー業務をすることを「イヤだイヤだ。メンバー(部屋持ち)で働いてる方がいい」って言っていましたが、私的には全然そんなことなかったですね。

リーダー業務はDrの指示受けなど座ってできる仕事で、注射や清拭、移乗介助には入らなくてよかったので、どっちかと言うとリーダー業務の方が好きでした。

でも、だからと言って看護師の仕事が好きになってきたわけではなく、あくまでも「メンバーの仕事と比べたら、まだリーダー業務の方がマシだな」と感じる程度。

もう、ここまできたらホント重症です。
この頃、看護師3年目で私は本気で看護師を辞めることを考え始めました。

看護の仕事が好きじゃないから勉強もしないし、成長もしない。
毎日が憂鬱で、プライベートな時間も仕事のことを考えると気分が沈んでしまう、、、

もう辞めようかな・・・?
やめたら私、どうなるんだろう?
看護師の資格を活かしながら、看護師じゃない仕事ってないのかな・・・?

とか、毎日毎日考えました。

私が選んだ道は『結婚して辞めること=寿退職』だった

当時、私には交際4年目になる彼がいました。

私が23歳で、彼は5つ年上の28歳。(←現在の夫です。)
彼は真面目で誠実、照れ屋なタイプで、そのせいか(?)4年も交際していたのに結婚の話は出ていなかったんです。

まぁ、当時の女性の平均結婚年齢は28歳ぐらいでしたので、23歳の私にはまだまだ早かったんですが、、、

でもその頃の私は、“正当な理由で辞めるには寿退職しかない”という歪んだ固定観念を持っていました。


今考えると、なんで正当な理由で辞めるのに寿退職しかダメなのか、さっぱり分かりません。

そもそも『正当な理由』って何?
自分が辞めたかったら、辞めればいいじゃない。
「仕事が嫌」っていうのが、自分にとっての「正当な理由」じゃん。
一体、誰の目をきにしてるの?

・・・ホント、バカだったと思います。

そうして私は、彼氏に結婚を迫るようになりました。

でもさすがに「結婚してよ!」なんてストレートには言わないですよ。
さりげな〜く「そろそろ結婚したいな〜( ̄∇ ̄*)」って雰囲気をかもし出すんです。

でも、そうやってさりげなく結婚願望を伝えても、彼(現在の夫)はうんともすんとも言わない。

鈍感なんだか、照れてるだけなのか、結婚したくないのか・・・?

そうこうしている間に時間は過ぎて、3年目の冬になりました。
もうこの頃には、かなり限界。
本当に看護師の仕事がしんどくて、やめたくて仕方なくて、、、。


だったら、サッサと辞めたらよかったのに、、、ホント、アホでした。

私はいよいよ決心しました。

彼に結婚する気がないなら、仕事辞めて東京行こう!
彼と別れることになっても、仕方ない。
と。

このとき、なぜ東京へ行こうと思ったのか・・・?
それは、東京へ行くことが、看護師を辞める「正当な理由」になりうると考えたからです。

あくまでも、「当時のそのままの現状(未婚・奈良在住)で退職するのは“正当な理由”にならない=人から非難される」と思い込んでいたんです、、、


本当、救いようのないバカでした、、、

私はそう決心して、彼にそのように告げました。

しかし結局、共通の知人(←結婚式で仲人をしてもらいました)に東京行きを止められ、「お前たちはさっさと結婚しなさい!」みたいになって、無理矢理(?)結婚する流れに・・・。笑

私的には「やった〜☆」って感じでしたよ。
「これで看護師の仕事を辞められる〜!」ってね。

まさに『結婚するから辞める』んじゃなくて『辞めたいから結婚する』典型的なパターンでした。

・・・しかし、ここから私の苦い人生が始まるのです。


※補足
彼(=現在の夫)に聞いたところ、結婚する気はあったものの、決心する勇気がもてなかった、、、と。優柔不断な人なので、誰かに背中を押されないと前に進めない人のようです。

結婚して辞めるのでなく、産休・育休を目指すようになった

看護師3年目の冬に結婚することを決め、いろいろ段取りをして、結婚式は看護師4年目の夏にすることになりました。

「結婚したら辞めてやろう!」と意気込んでいた私ですが・・・、ふと思ってしまったんです。

結婚したからといって、何が変わるというのだろう?
住む場所も変わらないし、家事に時間をかけなきゃいけないわけでもない。
まだ子供もいないから、辞めてもやることがない。
産休に入るまで頑張って、辞めずに育休をとれば育休手当がもらえるけれど、辞めたらお金はゼロ。

今考えると、せめてこの結婚のタイミングで看護師を辞めて、自分の好きなことを仕事にする道に進めばよかったのですが、、、私は本当にアホでした。

「辞めて専業主婦になってもやることがない」ことと「在籍したまま育休をとれば子育て中にも収入がある」という理由から、看護師3年目が終わる頃、私は『今はまだ辞めない』という道を選択してしまったのです。

まさに、お金(育休手当)に目がくらんだ・・・と言うのでしょうか。

私の新たな目標は『サッサと子供を作って、産休・育休で休んでやろう!』に変わったのでした。


しかし、育休手当はあくまでも「育休明けに職場復帰すること」を前提としてもらえるお金。

当時の私は、正直なところ、育休手当だけもらって、そのままドロンしたいと考えている悪い人間でした。

今の病棟に在籍したまま産休に入りたかったのに、透析室へ異動になってしまった

看護師3年目で「今はまだ辞めない」という選択をして、そのまま看護師4年目に突入した私。
夏に結婚式を挙げ、幸いなことにその2ヶ月後、妊娠が分かりました。


めっちゃ計画通り!

私が勤めていた病棟では、妊娠すると、身体への負担が大きいメンバー業務ではなく身体への負担が軽いリーダー業務を優先してもらえるルールがありました。

メンバー業務よりリーダー業務の方がマシだと思っていた私は「妊娠したから体力仕事を減らしてもらえるぞ〜☆」と喜び、このまま外科・脳外科病棟でリーダー業務をしながら産休までなんとか切り抜けよう!と計画しました。

しかし・・・な、なんと!!

妊娠が判明したのと前後して、私は透析室への異動を命じられてしまったのです。

確かに、看護師経験が丸3年を超えると、どの病院でもそろそろ異動の時期になりますよね。
私の場合も例外ではなかったのです・・・( ̄▽ ̄;)!!ガーン

上司である病棟師長に「あと7〜8ヶ月後には産休に入るし、今更異動なんてしたくない!」とお願いしてみましたが、もうすでに決まってしまった事。

「今さら変えられない」と却下されてしまいました、、、( ̄▽ ̄;)!!ガーン

で、私は看護師4年目の10月、妊娠3ヶ月で透析室へ異動することになりました。

新しい仕事なんて今さら覚えたくない!嘘の症状を訴え病欠へ

まさか・・・!こんなタイミングで全く畑違いの透析室へ異動させられるなんて・・・!

私はめっちゃショックでした。
3年目の終わりにすんなりと寿退職していたら、こんなことにはならなかったのに・・・( ̄▽ ̄;)!!ガーン

私の計画は、粉々に打ち砕かれてしまいました。

前述した通り、私は普通の点滴や採血も大嫌いなのに、透析といえば、16Gのめっちゃ太い針で一人につき2本も穿刺しなきゃいけません、、、
(うちの病院では、医師ではなく看護師が穿刺していました)

しかも透析の患者さんはみんな、新顔の私に穿刺されるのを不安そうな顔でじっと見てるからプレッシャーMAX!

もう!お願いだから見ないでちょうだい!
どうせあと半年もしたら産休に入るのに、なんで今さら新しい事を覚えなきゃいけないの?
ただでさえ、看護師の仕事なんて大嫌いなのに〜。゚(゚´Д`゚)゚。!!

異動してからというもの、毎日こんな不満で頭がいっぱいでした。

精神的ストレスからか、まだ妊娠初期だというのに体重がどんどん増えていきました。

そしてついに私は、もう、産休に入るまで待ってられない精神状態になってしまったんです。

ここで普通に退職すればよかったんですが、私は正常な判断ができず「産婦人科で診断書を出してもらい、病欠するしかない」と考えるようになってしまったのです。


本当、バカ、、、

私は早速、病欠できる診断書を書いてもらうため、かかりつけの産婦人科へ行きました。

その病院で「お腹が張る、尾骨が痛い」等々、いろいろ症状を訴えましたが、「問題なし」の診断。結局、診断書を書いてもらえず、、、

それでもどうしても仕事に行きたくなかった私は、妊娠5か月近くになって、診断書を書いてもらうために産婦人科を変えました。

「優しい」と有名なおじいちゃん先生の産婦人科へ行き「前の病院では先生との相性が合わなかった」と訴え、なんとか病院を変える事に成功しました。


おじいちゃん先生のところは、患者さんがとても多く、普通は妊娠途中からの転院は受け入れていなかったんです

私はそのおじいちゃん先生のところで「とにかくお腹が張って痛い。とても仕事なんてできる状態じゃない」と訴え、ついに切迫早産の診断書を出してもらったのでした。

やった〜!念願の診断書GET!
私はその診断書を病院に提出し、看護師4年目で病欠に入ることができたのでした。

病欠中もどんどん体重が増えていき、お腹全体にひどい妊娠線が・・・

診断書の療養期間は「一ヶ月」と書かれていましたが、1ヶ月後に透析室へ戻ることなんて、最初から考えていません。

毎月一回診断書を提出すれば、病欠から復帰することのないまま産休に入れる事を知っていたので、私の心の中では最初からそのつもりでした。

つまり、看護師4年目の冬、私はついに念願の長期休暇を手に入れたのです!

看護師になって3年8か月、ずっとずっと嫌な仕事を我慢して、本当に辛かった!
私はやっと安息の日々を手に入れることができたんです。
看護師の仕事から解放された〜!!っていう、最高の気分ヽ(;▽;)ノ

が、しかし・・・!!!

ここから私の苦い人生が、さらに「苦さ」を増していきます。

人間、そんな嘘をついて休んでも絶対いいことなんてないんですね。
はじめに言っておきます。皆さん、絶対に真似しちゃダメです。

やっと安息の日々を手に入れたものの、私は『自由』を手にしたわけじゃありませんでした。

切迫早産ってことは、できるだけ安静にしてなきゃいけないってこと。

だから、切迫早産の診断書を提出している私は、職場の誰かに遊んでいるところを目撃されるわけにはいかない。
看護師なんて交代勤務だから土日平日に関係なく、どこに行っても誰かに会う可能性がありますよね。私はまるで軟禁状態で、おちおち外出することすらできません。

また「お腹が張る」と嘘をついていることに対する罪悪感で、だんだんと心が締め付けられるようになってきました。

出かけられない(=運動しない)ことと、罪悪感の精神的ストレスから、病欠に入ったあともどんどん体重が増えていき、気づけば妊娠前の13kg増。

・・・これってもう、全然「安息の日々」なんかじゃないです。
ある意味、看護師として働くのと同じくらい“苦しい”精神状態。

妊娠7か月を過ぎる頃には下腹部に妊娠線が出現し、妊娠8か月を過ぎる頃には一気にお腹全体へ拡がりました、、、。゚(゚´Д`゚)゚。!!

出産直前は妊娠前の17kg増。帝王切開で出産へ。お腹には醜い妊娠線がびっしり!

計画通り(?)毎月一回、診断書を提出し、職場に復帰することのないまま産休に入った私、、、

出産予定日は5月で、このときはもう、看護師3年目はとっくに過ぎて、病院の在籍期間としては「5年目」になっていました。

結局、私があまりにも太りすぎているし、赤ちゃんも大きくなっているということで、出産予定日の2日前に陣痛促進剤を使うことになりました。
その頃すでに、妊娠前から17kgも増えていたんです、、、(ノ ̄□ ̄)ノ!!

しかも、そんなに太ったら、赤ちゃんだって簡単に出てくるものじゃありません。
陣痛促進剤を使っても、医師の手で破水させても出産は進まず、最終的には帝王切開することになりました。

そうして私は、3900g超のBigな女の子を出産しました。
あと2日、出産予定日まで待っていたら、確実に4000gは超えて巨大児になっていました。
2日前でよかったです。

赤ちゃんは無事に生まれましたが、私のお腹全体には妊娠線がビッシリ!

みなさんもご存知かもしれませんが、妊娠線のあとは今の医療技術では決して消えません。
妊娠線で皮膚が伸びきったお腹は、全体がシワシワでまるで90歳の老婆のよう。

出産から1年半後に、帝王切開の傷跡を目立たなくして、お腹のシワシワを切除する形成手術を受けて少しマシになりましたが、それでも私のお腹には9年経った今も、醜い妊娠線のあとが残っています。(※醜いものをお見せしてすみません、、、)

恥ずかしくて旦那にだって見せられません。
胃腸風邪などで病院にいく時も、お腹を見られるのが超恥ずかしいです。

嘘をついて病欠した、天からのバチが当たったんだと思います。

心の重荷に耐え切れず、出産後10か月で看護師として復帰。そして半年で退職。

看護師3年目で『辞めない』ことを選択し、4年目で結婚・妊娠、5年目で出産と育休を取った私。

女性の人生で最も幸福と言われる『結婚・妊娠・出産』は、私にとっては全て『嫌な看護の仕事から逃れるための手段』になってしまったんです、、、

楽しいはずの思い出が、私にとってはどれも「苦い思い出」になってしまったんです(´A`*)・゚。

もっと、まっとうな人生を送るべきでした。

嘘をついて病欠した罪悪感と、あまりにも異常な妊娠線。
また、育休から復帰したくもないのに、復帰することを前提としてもらえる「育休手当」を受け取っている事実、、、

私は、心の重荷に耐え切れず、心を入れ替えて頑張ろうと心に誓いました

出産から丸1年取れる育休期間を短縮し、出産から10ヶ月後、ちょうど看護師6年目になる年の4月1日に復帰することにしました。

私は整形外科病棟の看護師として復帰したのです。

そして私はどうなったか・・・?

 

・・・罪悪感に苛まれ、頑張ろうと誓って復帰した看護職。

・・・なんとか一生懸命努力してみましたが。

 

結局、合わない仕事はどうしても合わない。
逆立ちしても、子供産んでも合わないんです。

また、昔のような「嫌で嫌でたまらない日々」になりました。

外科・脳外科病棟でも、透析室でも、整形外科病棟でも同じ。
私には、看護師という仕事が合わない。好きじゃない。
こんなことを続けていても、不幸だ。

ようやく私は気付きました。

これじゃ、ダメだと。

そして、復帰から半年後、私は病院を退職しました。

OL、有料老人ホーム、外来看護師を経て、今、企業看護師として楽しく働いている

病院を退職してから、私は「自分に合った仕事って何だろう?自分が好きだと感じる仕事は何だろう?」と真剣に考え始めました。

でも、今まで生きてきた中で、これっていう特別に好きなものもなかった私。

何か一つに全力で没頭したこともなく、今までの人生をなぁなぁに生きてきたため『自分に合うこと・好きなこと』が自分でも分かっていなかったんです。

そんな私は、まずは自分に合った仕事を見つけるため、色んなことに挑戦しました。

OL(←看護とは全く関係ない)や有料老人ホーム、外来看護師など、自分の気持ちに正直に耳を傾け、仕事内容、職場環境、お給料などを総合的に踏まえ、少しずつ“自分にあった仕事”に近づいて行きました。

そして今『看護師の資格を活かした企業看護師』という仕事を見つけた私は、やっとやりがいのある、楽しい毎日を送ることができています。

好きな仕事なので、自然と勉強も頑張れます。
好きな仕事なので、仕事振りも認められ、高く評価されています。
好きな仕事なので、毎日が幸せです。

私の経験から、看護師3年目のみなさんにアドバイスできること

これを読んでくださっているあなたは、仕事を辞めたいと思っている3年目くらいの看護師さんだと思います。

私自身の経験から皆さんにアドバイスできることは次のこと。

仕事が嫌だ。仕事を辞めたい。と思う看護師さんはたくさんいます。

そのたくさんの看護師さんの中で、嫌だ嫌だと思いつつ、それでもこの仕事が全く合っていないわけでもなく、そのまま何年も頑張れる人たちもいます。

しかし一部には、私のように「本当にこの仕事が、全く合ってない人」もいます。

きっと、寝ても覚めても仕事が嫌で、それでも周囲(特に両親)の目や期待に応えなきゃいけない責任を感じ、看護の仕事が嫌いと感じる自分を責めていたりもする。

でも、人にはそれぞれ得意不得意があり、どう頑張っても肌に合わない仕事というのも存在するんです。

看護師という職種は、女性に広く浸透している仕事だから、中には全然自分に合ってないのに、間違って看護師の道に進んでしまう人もいるのだと思います。

この仕事が「本当に無理。絶対自分には合わない」と感じるのなら、無理に頑張り続けるより、自分に合った新しい仕事を見つける方向へ進むべきです。

あなたはもう、3年近くも経験を積んだのだから大丈夫

看護師の仕事は、これからもずっとずっと、たくさんあります。
そしてこれから超高齢化社会を迎える日本では、この先も看護師不足が解消されることはないでしょう。

もしも自分に合った仕事が見つからず、生活に行き詰まってしまったとしても、最悪、あなたはいつでも看護師に戻ることができます。

とにかく今は、自分に合った、好きな仕事を見つける方向へ、一歩踏み出しましょう。
人生の軌道修正は、できるだけ早い時期に越したことはありません。

自分にあった仕事を見つけるには、情報収集から始めたらいい。

「自分に合う仕事を探す」って、まずはどうしたらいい?と思われる人もいるかと思います。

私自身も経験したことですが、まずは『情報取集』から始めるべきだと思います。

情報がないまま、目に付く仕事をA⇨B⇨C⇨Dと次々に挑戦するのは、時間も労力もかかりすぎて効率的ではありません。また、転職を繰り返すことで、あなたのキャリアに傷がついてしまうこともあります。

私のおすすめは、転職エージェントに相談し、活用してみることです。私も実際、この方法で情報を集めました。

看護師の私たちには、看護師専門の転職エージェントがあります。
あなたも一度は目にしたことがある「看護のお仕事 」や「マイナビ看護師 」などです。

転職エージェントは、いわば『仕事に関する情報の宝庫』です。

求人情報もそうですが、多くの人の転職を手伝ってきた、コンサルタントの経験と知識も、これから仕事を探そうとする私たちにとっては『貴重な情報=宝』です。

私たちの性格、看護師の仕事で嫌だと感じるポイント、楽しいと感じるポイント、将来の夢など、色んな方向からその人に合った仕事を一緒に考えてくれます

自分一人で考えていては、頭がグルグル混乱してしまうことがよくありますが、人と話しをしながら一緒に考えることで、グルグルがすっきりと整理され、自分の希望もまとまりやすくなりました。

どこの転職エージェントがいいか分からない、、、という人は、まずは業界大手の「看護のお仕事 」と「マイナビ看護師 」に登録すれば間違いないでしょう。
あっ、看護師からの相談は全て無料で一切お金がかからいのでご安心ください。しかも、どちらも全国対応です。


コンサルタントとの相性も大切です。相性の合うコンサルタントを早く見つけるためには、まずは両方に登録するといいです。
行く行くどちらかを選べばいいだけですから。

さいごに

看護師3年目で、「辞めたい、、、でも辞めちゃダメ?」って悩んでいた時の私は、かなり偏った固定観念を持っていて、本当にバカでした。

嘘の症状を訴えて病欠するなんて、、、今考えると、絶対あり得ません。


あなたも、絶対にマネしないでくださいね。

知識と判断力と、情報が不足していた自分が、ホント情けないです。

もしも当時の自分に会えるのなら、「そんなに辞めたいなら、サッサと辞めなさい!あなたに合った仕事は他にあるから。看護師だけが仕事じゃないのよ!」って言いたいです。

私の体験が、皆さんのお役に立てれば幸いです。

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